六味丸(六味地黄丸)

六味丸 (六味地黄丸)出典『小児薬証直訣』


 六味地黄丸、つまり六味丸は、補益薬の中でも、滋補腎陰法の方剤として、もっとも基本的な方剤である。八味丸のように適応症を間違えると 肺陰を損傷する恐れのある附子(ブシ)や肉桂(ニッケイ)などを除去して構成されたものが、この六味丸である。

 まずは、中医学的な方剤の効果・効能を、四川科学技術出版社発行の『中医方剤与治法』から拙訳で抜粋引用させて頂く。

【薬物構成】 熟地黄240g 山茱萸120g 乾山薬120g 沢瀉90g 茯苓90g 牡丹皮90g  

【用法】 粉末を蜜丸にし,1日に2~3回,空腹時に1回につき3丸(9g)を湯で服用する。湯剤とする場合は用量を減す。

 【主治】 腎陰虧損・虚火上炎による足腰のだるさや疼痛・歯の動揺・小便が出渋る・消渇・耳鳴び・目のかすみ・勃起しやすい・咽の乾燥・舌痛・盗汗・不眠・頭のふらつき・めまい・遺精・夢精・踵の疼痛・喀血・声が出ない・呼吸困難・咳嗽・津液の灼傷による痰証・尺脉の虚大など。

 【分析】 腎は「先天の本」である。腎中の「真陰」は人体の陰液の根本であり,各臓腑を濡潤・滋養する作用がある。腎陰が虧損すると,本臓自体が病むばかりでなく,五臓のすべてが影響を受ける。本症の発病機序の分析は以下の通りである。
 (1)腎は骨を主り,髄を生じ,歯は骨の余りであり,腰は腎の府である。それゆえ,腎陰虧損により腎精が不足すると,骨髄が空疎となるために足腰がだるく無力・歯の動揺などを生じる。腎は主水の臓であるから,腎陰虧損により主水機能が失調すると小便が出渋るようになる。腎が虚すと固摂失調を生じて頻尿となり,津液を損耗すると口渇を生じて消渇となる。腎は耳に開竅し,眼球の瞳孔は腎に属しているので,腎陰が虧損すると耳鳴・目のかすみを生じる。男子の性器が勃起しやすくなるのは,陰虚陽旺・相火亢盛によるものである。以上は,腎の本臓自病〔腎臓自体の病変〕によって生じるものである。
 (2)心は陽に属して上焦に位置し,その属性は火である。腎は陰に属して下焦に位置し,その属性は水である。正常な生理状態下では,心陽は 腎に下降して腎水を寒(ひや)さないようにしており,腎水も心を上済して心火を亢ぶらないようにしている。
この状態を「心腎相交」「水火既済」という。
それゆえ,腎陰が虧損して腎水が上昇せず,心陽だけが下降して虚火が少陰経脉を循環して上炎すると,咽の乾燥・舌痛を生じる。陰は虚し,陽が擾乱して陽が陰分を蒸迫すると,津液を漏泄して盗汗を生じる。陰虧陽亢のために心神不安を生じると不眠になる。以上は,腎病が心に波及したための,心腎同病により生じるものである。  
(3)肝腎は同源であり,腎陰は肝陰と相互資生の関係にあり,一方が充盛すれ両者ともに充盛となり,一方が衰えれば両者ともに衰退する。したがって,腎中の陰精が虧損すると肝陰虚衰を引き起こし,陰が陽を制御できずに肝陽が上亢するために,頭のふらつき・めまいなどを生じる。肝は疏泄を主るが,肝陽亢盛により疏泄が過剰となり,そのうえ腎陰虚損のために収蔵することができないと,遺精・夢精を生じる。肝は筋を主るが,肝腎陰虚により筋の栄養が失調すると,踵の疼痛を生じる。以上は,腎病が肝に及んだための,肝腎同病による症状である。  
(4)腎陰は人体における陰液の根本であるから,腎陰が虚したために肺陰を滋潤することができないと,燥熱内生・虚火犯肺により,咳嗽・喀血・呼吸困難・発声困難などを生じる。これらは,腎病が肺に及んでもので,病位は肺で,病機が腎の症状である。  
(5)腎は先天の本であり,脾は後天の本であるから,脾と腎は相互に助け合い相互に促進し合う。腎陰不足により陰火が上昇すると,脾が主る津液を運化する機能が障害されるばかりでなく,津液を煉灼して痰涎を生じる。これは,腎病が脾に及んだための,脾腎同病による症状である。

 以上のように,本法の方剤で治療できる症状は多いが,つまるところは腎陰虧損・虚火上炎によって生じたものである。  

【病機】 腎陰虧損・虚火上炎

【治法】 滋陰補腎法
 
【方意】 真陰虧損により,陰が陽を制御できずに虚火亢盛となった場合のキーポイントは,補陰によって陽を制御することで,腎陰が充足すれば諸症状はおのずと解消する。この治法こそが「水の主を壮んにし,もって陽光を制す」という意味である。  主薬は熟地黄で,滋養腎陰・填精補髄〔腎陰を滋養し,精と髄を補填〕する。山茱萸は固精斂気・収斂虚火するもので,肝の疏泄妄行を防ぎ,腎精を固蔵させる。山薬は補脾固精し,脾気を健運させて腎精の来源を開拓する。この山茱萸と山薬は,肝や脾を兼治するもので,補助薬である。腎は主水の臓であるから,滋補を行うときには水湿の壅滞を防ぐ必要がある。このため,滋補腎陰の方剤中に少量の利水薬を配合して腎の主水機能に配慮し,補しても滞らないようにすると,補薬の作用をさらによく発揮させることができる。
 なお,本方で治療することができる症状は,①腎虚による症状・②陽亢による症状・③水液失調による症状,の三組にまとめることができる。それゆえ,滋補腎陰の熟地黄に対して通調水道の沢瀉で補佐し,健脾固腎の山薬に対して淡滲利湿の茯苓で補佐し,収斂精気の山茱萸に対して清瀉虚火の牡丹皮で補佐し,補陰の熟地黄に対して瀉陽の牡丹皮で補佐しているが,これらは《霊枢・終始篇》で述べられる「陰虚して陽盛んなるは,先ずその陰を補い、後にその陽を瀉してこれを和す」という治療法則に該当する。このように,沢瀉・牡丹皮・茯苓を配合する目的は,一方では小便失調・相火亢盛などによる症状を取り除き,もう一方では熟地黄・山薬・山茱萸による副作用を予防する意味がある。以上の薬物により,滋補しても邪を留めず,降泄しても正を損傷せず,補の中に瀉があって相互に扶助し合うが,これが腎陰を補う基本構成である。
 本方と補中益気湯を比較すると,処方構成における昇降関係が理解しやすくなる。ちょうど,尤在 は「陽虚では気陥不挙となることが多いので,補中益気湯には人参・黄耆・白朮・甘草を多量に用いて甘温益気し,辛平の升麻・柴胡を用いて上昇を助ける。陰虚では気が常に上昇して下降しないので,六味地黄丸には熟地黄・山茱萸・山薬など,味が濃くて重質なものを多量に用いて補陰益精し,茯苓・沢瀉の甘淡によって下降を助ける。気陥では滞ることが多いので,陳皮の辛で気滞を解消する。気の浮上では熱することが多いので,牡丹皮の寒で浮熱を清する。六味地黄丸には茯苓・沢瀉があり,補中益気湯には升麻・柴胡がある。補中益気湯には陳皮があり,六味地黄丸には牡丹皮がある。さらに,補中益気湯には人参・黄耆・ 白朮・甘草・当帰があり,六味地黄丸には熟地黄・山茱萸・山薬がある。
 このように治法は異なっても,病理においては対蹠的な共通性がある」と述べている。  

【応用】 本方は滋補腎陰法における基本方剤であり,後世多数の補腎剤が本方を加減して作られている。方中の各薬物の配合量は,臨床実際の必要性に応じて調節する。たとえば「血虚陰衰では熟地黄を君薬とし,滑精・頭暈では山茱萸を君薬とし,小便の量や濃淡に異常があるときは茯苓を君薬とし,排尿障害では沢瀉を君薬とし,心虚火盛や血があるときは牡丹皮を君薬とし,脾胃虚弱・皮膚枯燥では山薬を君薬」とする。

 報告によると,本方や本方から沢瀉を去り天花粉を加えたものは,糖尿病に一定の効果がある。本方に犬の下丘脳下垂体組織液の注射を組み合わせると,尿崩症に有効である。本方の加減方(生地黄・熟地黄・山薬・沢瀉・枸杞子・白芍・穀精草・木通)は,中心性網膜炎の治療に用いることができる。本方に枸杞子・菊花・当帰・赤芍・絲瓜絡・珍珠母などを加えたものの,中心性網膜炎に一定の効果がある。本方は食道上皮細胞の異常増殖(食道癌の前駆的病変)に用いて一定の効果があり,異常増殖の好転と癌細胞化防止を促進する一定の作用を示す。

 動物実験によると,本方は正常マウスに対し体重の増加・遊泳時間の延長・体力の増強作用があるほか,N-ニトロソサルコシンエチルによるマウスの胃部扁平上皮癌前駆状態の誘発率を低下させ,化学的発癌物質を接種した動物における脾臓リンパ小節の中心性増殖を活発化させ,接種移植した腫瘍の初期において単核マクロファージ系統の貪食活性を増強し,腫瘍負荷動物の血清アルブミン対グロブリンの比率を高め,腫瘤負荷動物の生存時間を延長するようである。以上のことから,本方の主な働きは生体の抗癌能力を引き出し,扶正によって去邪を達成する作用であると推論される。  

【加減方】



 

(1)杞菊地黄丸(『医級』)

 
[成分] 本方に枸杞子・菊花を加える。
[主治] 肝腎不足による頭のふらつき・めまい・目のかすみ・眼球の乾燥異物感や痛みなど。

(2)麦味地黄丸(『医級』 別名「八仙長寿丸」)


 [成分] 本方に麦門冬・五味子を加える。
 [主治] 腎虚による労嗽で、咳嗽・吐血・潮熱・盗汗・夢精・遺精など。  

(3)耳聾左慈丸(『重訂広温熱論』)

 
[成分] 本方に磁石・石菖蒲・五味子を加える。  
[主治] 熱病後期で身熱が消退して以後,腎虚精脱による耳鳴・難聴・舌質は紅・舌苔は少・脉は細数。  

(4)知柏地黄丸(『医宗金鑑』)

 
[成分] 本方に知母・黄柏を加える。
 [主治] 陰虚火旺による骨蒸潮熱・盗汗・遺精・小便が出渋って痛いなど。

—四川科学技術出版社発行の『中医方剤与治法』